子供の頃、私の父は JR (旧国鉄)の電気区という所で働いていました。詳しい仕事の内容は子供が理解するはずはありませんが、踏切の故障や鉄道の信号機の故障などがあると、夜間でも、天候が悪い中でも父は急遽出かけて行った。父は酒が好きで毎日飲んでいましたので、そんな時は母が運転して出かけていました。 国鉄に勤める前の父は、戦後、地元で電柱に変圧器を取付る仕事を行っていて、電気が通ると周囲の方から感謝され、宴会に招待されたという話をよく懐かしそうにしていました。 そんなことから、電気という言葉は、自分の家では当たり前の存在でした。